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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)29号 判決 1980年4月30日

東京都台東区台東四丁目二九番五号

控訴人

株式会社さたけビル

右代表者代表取締役

伊藤一郎

右訴訟代理人弁護士

下奥和孝

東京都台東区東上野五丁目五番一五号

被控訴人

下谷税務署長

金親良吉

右指定代理人

東松文雄

三宅康夫

関川哲夫

高木秀男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和五〇年五月二四日付けでした控訴人の昭和四四年九月一日から同四五年八月三一日まで、同年九月一日から同四六年八月三一日まで、同年九月一日から同四七年八月三一日まで及び同年九月一日から同四八年八月三一日までの各事業年度分法人税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の各処分をいずれも取り消す。

3  被控訴人が昭和四八年一一月二八日付けでした控訴人の昭和四四年九月一日から同四五年八月三一日まで及び同四六年九月一日から同四七年八月三一日までの各事業年度分法人税に係る過少申告加算税の各賦課決定をいずれも取り消す。

4  被控訴人が昭和五〇年一〇月三一日付けでした控訴人の昭和四六年九月一日から同四七年八月三一日までの事業年度分法人税に係る更正を取り消す。

5  被控訴人が昭和五一年四月三〇日付けでした控訴人の昭和四八年九月一日から同四九年八月三一日までの事業年度分法人税に係る更正を取り消す。

6  被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の昭和四四年九月一日から同四五年八月三一日までの事業年度の所得金額を金五九八万八、二四〇円、同年九月一日から同四六年八月三一日までの事業年度の所得金額を金七二六万八、三八一円、同年九月一日から同四七年八月三一日までの事業年度の所得金額を金八七四万四一九円及び同年九月一日から同四八年八月三一日までの事業年度の所得金額を金二、二〇六万八、二五五円とする各更正をせよ。

7  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否に、次の二以下に掲げるほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴代理人は、次のとおり付加陳述した。

1  本件償却費条項について

そもそも、償却費は、建物及びその附帯施設の用法に従つて生ずる自然損耗その他の価値減少に対する補償であつて、建物の使用に対する対価たる性質を有するものである。したがつて、償却費請求権は、本来、賃貸借契約の継続する間年々発生しそれぞれが当該年度の収益として計上され、また、賃借人も、それに対応して当該金額を毎年計上することを要する性質のものである。ところで、賃貸借契約の終了時期をあらかじめ確定することができれば当該償却費条項に基づく償却費総額を当該賃貸借の期間で除し、これを各年度の収益として計上することも可能であるが、当該賃貸借契約が現実に終了する時期を契約締結時に確定することができないため、結局、賃貸借終了時において期間中の償却費を一括して賃借人から賃貸人に支払い、賃貸人はこれを右終了した年度の収益として計上することとなるが、これは、何ら違法ではない。本件償却費条項が賃貸借契約の終了時に差入敷金ないし保証金中から償却費を控除してその残額を賃借人に返還すると定めているのも、賃貸借契約の終了時に償却費請求権が確定することを意味し、かつそれを前提とするものである。なお、償却費は、建物使用に対する対価すなわち賃料の一種であるところ、毎月定期的に支払う月額賃料のほか、更に契約終了の際一時に支払う賃料を定めても違法ではなく、償却費は、正にこの一時に支払う賃料である。

したがつて、本件償却費をもつて名目はともかく実質において権利金ないし更新料の性質を有するものと解する余地は全くない。このことはまた、賃貸借契約に際し敷金又は保証金差入れの事実が存在しない場合を想定すれば容易に理解し得るところであり、この場合において本件償却費条項に基づき償却費を請求し得るのは、賃貸借契約終了時以外には考えられない。被控訴人の原審以来の主張によれば、敷金又は保証金差入れの有無によつて当該償却費の性質が変化することにならざるを得ないが、これは、何ら理由のないことである。のみならず、賃借人から敷金等の差入れを受けていても、その被担保債権額のいかんによつては、償却費を敷金等から控除し得ないこともあり得るが、かかる場合は、敷金等の差入れがなかつた場合と実質的に異ならないし、賃貸人は、賃貸借終了以前に敷金等をその被担保債権の支払に充当することを強制されるものではない。

本件課税は、本件償却費に対する課税であるから、当該課税目的に照応して償却費請求権の確定時期を論定するを要するところ、そのためには、償却費の返還を要しないことがいつ確定するかが問われなければならない。その時期は、賃貸借終了時以外にはないのである。

2  四五ないし四七事業年度の更正すべき理由がない旨の各処分について

控訴人の四五ないし四七事業年度の各修正申告は、被控訴人の担当者から再三、再四にわたつて要請され、かつ通達を示された結果やむを得ずしたものであり、その内容において、本件償却費条項に基づく償却費の収益計上時期を誤つたものであるから、被控訴人の強要及び通達等を示されたことによる錯誤に基づくものというべきである。かような事情の下における修正申告は、到底自主申告たる修正申告としての評価を行うことはできず、本件課税庁たる被控訴人において更正処分をすべきであつたにもかかわらず、これを修正申告によらしめたのである。この場合に、被控訴人において更正処分を行うときは、本件償却費の収益計上時期に関する判断を示す必要があるのでそれを回避する意図の下に、そして修正申告をさせても時期的には既に更正請求の期限を経過していてその請求をされるおそれがないところから、被控訴人の担当者は、あえて修正申告の強要を行つたものである。したがつて、右修正申告の内容が客観的に正当なものであればともかく、その内容が客観的に誤つていて更正されなければならない場合には、該更正につき被控訴人は責めを負うべきものと思料する。ところが、被控訴人は、控訴人の更正請求が法定期限の経過後になつたことに対する自己の責任を省みず、控訴人の更正請求は法定期限経過後であるから不適法であるとするが、これは、誠に納得し難いところであり、背信的行為といわなければならない。

要するに、更正請求の法定期限は、確定申告ないし修正申告という自主申告制度に基づく制約と解されるのであるから、その期限の経過及び更正請求をする必要性につき税務署長に責めがある場合においては、税務署長としては、当該請求を適法なものとして処理すべき義務が信義則上生ずるものと解すべきである。

三  被控訴代理人は、控訴人の右主張に対し、次のとおり述べた。

1  控訴人の1の主張は争う。右主張は、すべて独自の見解に基づくものであつて失当である。

2  控訴人の2の主張も争う。本件償却費条項に基づく償却費相当額の収益計上時期は、敷金の一定割合の金員につき返還を要しないことが確定した日の属する事業年度の益金に計上すべきものであり、右返還を要しないことが確定した日というのは、敷金額の一割に当たる償却費相当額については当該契約に係る貸室の引渡しのあつた日、また敷金額の一割五分(二割五分から一割を控除した割合)に当たる償却費相当額については当該契約成立の日から五年を経過した日である。したがつて、控訴人の四五ないし四七事業年度の各修正申告は誤つていないことになり、控訴人の主張は明らかに失当である。

理由

一  当裁判所もまた、控訴人の本件各訴えのうち、過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める訴え(控訴の趣旨3項)及び更正をすることを求める訴え(控訴の趣旨6項)をいずれも不適法と判断し、控訴人のその余の本件各請求をいずれも失当と判断する。その理由は、控訴人の付加陳述に係る各主張の採用し得ない理由として次の二の判断を付加するほかは、原判決の説示するとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の付加陳述に係る主張に対する判断

1  本件償却費条項について

控訴人は、償却費の一般的性質を論じ、これを前提として、本件償却費請求権が確定するのは賃貸借終了時であると主張する。しかしながら、本件償却費条項によれば、賃貸借が終了したときは、その理由及び終了までの期間のいかんにかかわらず、五年以内に終了すれば敷金相当額の一割、五年を超え一〇年以内に終了すれば同二割五分、一〇年を超えた後に終了すれば同四割をそれぞれ一律に申し受けることとなつている。右によれば、契約成立の時点においては右の一割相当額が、五年を経過した時点においてはこのほか同一割五分相当額が、一〇年を経過した時点においてはこれらのほか更に一割五分相当額が、いずれも返還を要しない金員として確定するものと解するほかはない。そうすると、これら一割相当額等の各金員は、これを含む敷金全額の差入れがあつた当初において既に、右のそれぞれの各時点以降は賃貸人たる控訴人の自由に処分し得る趣旨の金員として、当事者間で授受されたものであり、その実質において権利金ないし更新料の一種と解するのが相当である。このように、これら各金員が実質的に権利金ないし更新料である以上、償却費の一般的性質論からその収益として確定すべき時期を決することはできないのみならず、本件償却費条項に「償却費として」という文言が用いられているからといつて、以上の判断を左右することもできない。

控訴人はまた、敷金又は保証金の差入れがない場合には右一割相当額等を請求し得るのは賃貸借終了時であることを理由として、該請求権の確定するのは終了時であると主張する。しかしながら、本件償却費条項は、現実に敷金の差入れがあつた場合における約定にほかならず、したがつて、その差入れがない場合において右一割相当額の金員請求権がいつ確定するかということは、本件償却費条項とは関係のない問題ないしは前提を異にする問題であるから、控訴人の右主張は、採用することができない。なお、敷金による被担保債権額のいかんによつては、右一割相当額等を控除した残額では不足することもあり得るが、かかる場合に右一割相当額等をもつて該債権の回収に充当しなければならないわけではないから、右事由をもつて右一割相当額等の収益として確定する時期を左右することはできない。

2  四五ないし四七事業年度の更正すべき理由がない旨の各処分について

控訴人は、四五ないし四七事業年度の各修正申告は、本件償却費条項に基づく償却費の収益計上時期を誤つたものであり、右は被控訴人の強要及び通達等を示されたことによる錯誤に基づくものである旨主張し、これを前提として、被控訴人の更正すべき理由がない旨の各処分を攻撃する。しかしながら、本件償却費条項に基づく償却費相当額の収益計上時期は敷金の一定割合の金員につき返還を要しないことが確定した日の属する事業年度の益金に計上すべきものであるから、控訴人の四五ないし四七事業年度の各修正申告は収益計上時期を誤つたものではないこととなり、したがつて、右各修正申告が錯誤に基づく旨の主張及びこれを前提として被控訴人の更正すべき理由がない旨の各処分を攻撃する主張は、いずれも採用することができない。

三  以上のとおりであるから、控訴人の本件各訴えのうち、過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める訴え及び更正をすることを求める訴えをいずれも却下し、控訴人のその余の本件各請求をいずれも棄却した原判決は相当である。

よつて、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条・九五条・八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 賀集唱 裁判官 並木茂)

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